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年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
美しい花は毎年同じように咲くが、花を愛でる人は毎年同じ人ではない。
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2013/03/11(月) 22:37 つれづれ
先の大震災から2年
一昨年の今日のお話です。


SEのSくんと、群馬県の伊勢崎の客先に行ってました。
午前中にクルマで移動してたんですが、何故か2人で下ネタ祭り。
(…今思えば地震の前兆だったのか?w)

昼ちょっと過ぎからのシステムの打ち合わせをして、
1時間くらい経って、さー打ち合わせも終わったなーという頃に、
どっかんどっかん揺れました。

そこは工場の2階の詰所だったので、そのフロアにあった組立系の設備が
どんがんどんがんと音を立てて踊ってました。

揺れがある程度収まった時に、わーっと下に降り、工場の広場に集まりました。
『今日は夕方から地震の避難訓練があったんだよねー。これで訓練は中止だねー』
とその工場の方は言っておられました。
てか本番…w

そこからほどなくして、クルマで埼玉は宮原の事務所に帰りました。
まあだいたい70kmちょっとの距離。
普段だったら関越道使って1.5時間くらいで帰れるところ、
高速道路通行止め、信号はそこここで停電、故に大渋滞の中、
事務所に着くまで9時間くらいかかったでしょうか。
着いた頃には23時を過ぎてたくらいで。

そして、着いた時間が遅かったとか言う次元ではなく、
高崎線は全く動いておらず。クルマで帰るにも大渋滞だろうという情報で、
クルマに乗って帰る気も起きず、そして取った行動は…

とりあえずクルマで大宮まで出て飲みに行こう、という判断にw
普段飲まないYくんに運転してもらい大宮に。
しかし行ったはいいが、居酒屋はことごとく満席。

…キャバクラに行きましたw
安くて客も少なくて女の子もしっかり付いて、1時間ガッツリ飲みました。

それでも当然ながら電車は動いて無かったので、
結局会社の近くに住んでるYくん宅にて泊まる事に。
(何故最初からY宅に行かないのか?という疑問は無しでw)

そのY宅で寝てる間も、ガンガン揺れたり緊急地震速報が鳴ったりしてましたが…
いや、してたらしいのですが、自分やSくんやEくんは全く気づかず
コタツで寝てて、Yがみんなの携帯の警報を止めまくってたというw

朝起きて、ニュースで各地の惨状を見ながらも、我々は我々でお腹が空く訳で、
近くのスーパー(与野フード系列のYバリュー)に行ったところ…
なんか色々と品薄に。

こりゃ色々と大変なんだな、と改めて実感。

昼になったくらいに高崎線は復旧して、まあそれでも完全には復旧せず、
乗り換え乗り換えして、夕方くらいに上野の自宅に無事到着。
本棚の上に置いてたガラクタが入ったダンボールが落下してたくらいで、
特に被害は無く。

ちょっと飛んで、週が明けた14日の月曜日。
当日は朝から計画停電だか『何かのバイアス』がかかり、
都内の電車が殆ど動いてない状態に。
自分はとりあえず、徒歩15分の東京支社の方に出勤。

しかし10時過ぎにはフランス本社からの『1週間自宅待機』のお達しが出て、
その日はすぐに帰宅。
またもやSくんと一緒にうちで昼ごはんを食べつつニュースを観てて、
確かそのタイミングで原発がドカーンと…

その週は殆ど家の中で過ごしてたと思います。
会社からも外出禁止の指示があったし。
但し一回だけ上野のヨドバシまでプラモを買いに出ましたけどw
(相当ヒマだったので)

しかしこの時ばかりは、フランス資本の外資系の会社で良かったな、
と心底感じました。
-------

その後の事は断片的にしか覚えてませんが、11日から数日の事はなんかすごく鮮明に覚えてるし、
今でもきちんと思い出すことが出来ます。

東北三県と茨城県,千葉県は甚大な被害を受け、それらが今日も大々的にクローズアップされておりますが、
きっと関東圏在住者も程度が違うにせよ、それなりにこんなように被災していると思います。
実際数時間歩いて家に帰ったという友人,知人もいっぱいおりましたし。
みな、充分強烈なインパクトを受けていると思います。

自分にとって『身の回りの世界と価値観』が変わった日。
いっぱい何かが壊れて、むしろ友人,知人や家族が繋がって。
まさにスクラップ・アンド・ビルドな出来事。

『この日を忘れないように。風化させないように』とか声高に言われておりますが、
実際のところ、みな風化させたくても絶対に忘れないだろうと思います。
いわゆる『被災地』の方々で無くとも。

どうか、残されたみんなが幸せでありますよう。
そして死んでいってしまった人々が、なんとか成仏してくれますよう。

そう祈るのみです。

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2013 今年もよろしくお願いします!
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