| 2005/07/19(火) 21:55 | 自転車 |
| ツール・ド・フランス その3 |
『暗黙の了解』が網羅されているところだと、
私個人的には感じております。
不意の落車の際、集団が待ったり、
地元の選手がいれば、その選手を最大限尊重し、
なんなら勝利までもプレゼントしたり、
無駄な逃げはしないし、自分の勝敗に関係の無い逃げには反応しない、
必要の無い勝利はしない、等々。
相手を木っ端微塵にやっつけるような思想は毛頭無く、
互いに最小限の力で勝てるような、
ヨーロッパならではのそんな『粋』なスポーツだと思います。
(勿論それらは多大な駆け引きの結果かも知れませんが)
欧州スポーツって、サッカーでもそうですが、
元々そのような『粋』が存在する中でも、
自転車レースは、その最たる例だと思います。
話は飛躍してしまいますが…
日本のビジネスシーンにも、そんな『粋』が存在したと思うのですが、
今や米国的『Dead or Alive』的な思想が随所に取り込まれ、
それらが正義として取り込まれている現代、
なんだか窮屈さがあるのは否めません。
良い意味での『談合』って存在すると思いますが、
『談合』自体にものすごいアレルギーが跋扈し、
(それは『菌』というもの全てが『悪』というのと同じで)
『自由競争こそが全て』のような似非米国思想が支配している事は言うまでもありません。
・自由競争
・成果主義
・年俸制
etc…
それらは、それぞれのコミュニティで『共存共栄』を図る為には、
『悪』でしかないのです。
決して弱者の意見ではなく、矢張り狭いコミュニティで生きるからには、
そのような『粋』が必要なのでは?
と、ツールを見ながら、社会人7年目の夏を迎えております。
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